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残念な天使
「……ノーラは……」
階段に足をかけると、その先の廊下から自分の名前が聞こえた。
どうやら、複数でしゃべっているらしい。少年の声にまた別の声が応えた。
「なんか、こう、残念な感じだよな……」
「うーん」
今度は少女の声がする。
そこの辺りで、ノーラは階段を登り終えた。声をかけるより早く、こちらに気付いた3人の見習い天使が声をかけて来る。
「おっ! ノーラ! 今丁度お前の話してたんだ。
ホラ、なんかお前残念な感じだなって」
「俺もそう思うよ。君はイザヤール様の弟子なのに。……なんというか……。残念な感じだ」
「うーん。うーん」
相変わらず唸ったままなのは、ラフェットの弟子である女の子だ。後の2人の少年の事も知ってはいたが、ノーラは名前を覚えていなかった。
「うーん。ノーラ。私、かばってあげたいんだけど……」
少女は複雑そうな顔をした。
ノーラはポンポン言われ、3人の速度について行けなかった。かわるがわる3人の顔を見、やっと応えた。
「……残念な感じ、とは、どういう感じですか?」
今度は3人ともが唸った。
「うー。ホラ、アレだ。アレ。アレな感じの天使だ」
「お前、これこそアレな感じの天使だろうが」
「そうねえ。名状しがたいなあ……」
3人がまた考え込む。
ノーラは廊下の壁を見た。もちろんそんな所に答えなど書かれていない。
「そうだ。残念な感じじゃない、反対の感じの天使は誰でしょうか」
今度の3人の返答は早かった。口々に答える。
「そうだな。俺の師匠もいいけど、やっぱりなんと言ってもイザヤール様だな。
あの大きな翼は天使界の誰よりも速く飛べると言うぞ。俺もあんな守護天使になりたいものだ」
「ラフェット様だってすごいわよ! お綺麗だし、何よりいっぱい呪文を使えるのよ」
「バッカ、お前ら何言ってんだ。一番はオムイ様だろ?
僕はオムイ様だな! 一番長生きしてるし、知らねえ事はないって話だよ」
たちまち議論は白熱した。
私も何か言わなくては……。そもそも話題はなんだったっけ?
ノーラはまた壁を見やった。生まれた時から見つめ続けた天使界の壁。紛糾する議論など知った事かと言わんばっかりに傲然とそこにある。
壁はやはり、答えてくれなかった。答えが書かれていない壁にほっと息を吐く。壁も分からないのだ。
エスカレートしていく会話スピードと声高に交わされる議論に、ノーラはマイペースに語りかけた。
「前に一部のモンスターは合体して強くなる、というのを習いました。
イザヤール様とラフェット様、オムイ様が合体したら、もっともっとすごい天使になるのではないでしょうか」
プツリと会話が途絶えた。一泊の間。3人から表情が消えた。
やがて、イザヤール支持の天使が怒り出した。
「上級天使をモンスターと同列扱いするなんて……! なんて無礼な!」
そんなつもりじゃあ、とノーラは口ごもった。と。
「……っぷ」
オムイ支持の天使の表情にヒビが入った。続けてラフェットの弟子の硬直が解けた。
「あ……あはは! もう駄目! なんで先笑っちゃうのよバカ、きゃははは!」
「だってオムイ様と……ギャハハ! てっぺんどうすんだよ!
で、高速で空飛んで迫ってくんのかありえねーってゆうかコエーよ!!」
「お、お前ら笑うな! わ、笑う…っ」
笑いの発作に見舞われた、3人の天使に囲まれ、ノーラだけが台風の目のごとく、きょとんとしていた。
何がおもしろいのか分からない。皆が笑っている。それが嬉しくて、ノーラは笑った。
散々笑った後、3人は彼女に、『ノーラは言うことが残念なのだ』という結論を下した。
●
授業で使う小部屋で待つ弟子はいつにも増して上機嫌そうに見えた。イザヤールはこの天使が不機嫌そうにしている所など見た事なかったが。
挨拶を交わし、教科書を開くノーラの前に立つ。
「随分と楽しげにしていたではないか。声が上の階まで届いていたぞ?」
「すみません。うるさくしてしまって」
「休み時間の話し声を取り締まってどうするのだ。責めているんじゃない。
一体何の話をしていたんだ?」
申し訳なさそうだったノーラが一言でぱっと笑顔になった。
「みんな言うんです。私は……ノーラは残念な感じだと」
イザヤールはとっさに返答が思い浮かばず、言葉を失った。何故この子は笑顔なのだ?
弟子は師の困惑に気付いていないのか、楽しそうに続けた。
「残念な感じとは、おもしろいのですね……。 お師さんお師さん!」
ノーラは急に挙手するとその手をブンブンと振り回した。
「師と2回以上繰り返すのはやめなさい。1回でいいのだ。
どうした?」
イザヤールは心の中でため息をついた。
弟子に取って何年も経つというのに未だにこの目の前の小さな天使の思考も行動も読めない。
弟子を取るとはこういう事なのだろうか。正体不明の存在を認めるという行為なのだろうか?
まあ、何度注意しても『お師さんお師さん!』と繰り返すだろう。それは知ってる。
「はい! すみませんお師様。質問があるのです」
「言ってみなさい」
「どうして守護天使は合体できないのでしょうか?」
「……。ひょっとして、それを言って残念だと言われたのか?」
「まあ。見ておられたのですか」
「いや、階段を上がる途中見かけただけだが……。
どうしてそんな疑問が生まれた。順を追って説明しなさい」
ノーラが仲間との会話内容を説明する内、イザヤールにもようやく話がつかめて来た。やはりどうしてそういう発想になる。との思いはつきなかったが。
階段で見かけた光景が頭の中でありありと蘇る。
笑い合う下級天使の中で弟子だけがひかえめに微笑んでいた。
多分ノーラ以外の天使の頭の中ではイザヤール、ラフェット、オムイの3人の天使が合成された珍妙なモンスターが浮かんでいたはずだ。
イザヤールは想像しそうになって慌てておぞましい妄想を追い払った。
「お師様、どうして守護天使は合体できないのでしょうか」
「どうしてと聞かれれば、神が天使をそう創ったからだ、と言う他ない。
だがノーラよ。本当に天使が合体スライムのように合体できたらいいと思うのか?」
「はい。より力を発揮できるのではないかと考えました」
「ふむ……」
真顔でうなずく弟子は真剣に思案している様だ。ならばこちらも真剣に答えねばなるまい。
「天使が合体できたとしよう。弱体化などせず、力を高める事が出来たと。
ノーラよ。力を高められたとはどのような状態の事を指す?」
「互いの長所を出し合い、そして発揮できた状態です。
そうすることで何かまたプラスの効果が得られるかもしれません。
小さなスライムでも集まって大きい力を持つキングスライムになる様に」
「プラスの効果が得られるならば際限なく合体するのか?」
「可能ならば」
ノーラが笑顔で即答する。
その無邪気さに何か欠けたものを見た気がした。微笑ましく思えばいいのか、たしなめればいいのか。イザヤールは厳しい顔立ちを歪めた。
「ふむ。可能なら、どんどん合体していって、最終的には最強天使が1人となるな」
「そうなりますね」
「……となると、皆で会話する事はなくなるな。固体名も必要ない。名前を呼ぶ機会はないのだから。
残念と言われる事もなくなる」
「そ、それは嫌です! 楽しそうにおしゃべりするみんながいなくなってしまうなんて……その……。悲しいです」
のんびりしゃべるノーラがいつになく激しい口調になった。ハッと口をつぐんでから、こちらの表情に気付いたようだ。
イザヤールは落ち着いた声で言った。
「そうだ。対話する相手がいることもまた力となるのだ。
意見を出し合い、発表し、その物事について話し合う。そして新たな思いつきに至る。数は力だ。
私見だが、神は最強の力を持った1人の天使より、互いにそれぞれ欠けあった複数の天使の方が、天使としての力が十二分に発揮できるから、そう天使を作られたのだと思う」
ノーラは早口で話されると話が理解できない傾向がある。彼女の理解が追いつくまでイザヤールは待った。そして。
「まあ!」
やはりノーラはのんびりとした声で言った。
「お師様はよく考えておられる!」
ノーラのあんまりと言えばあんまりな感想に力が抜ける。
「お前はもうちょっと考えてからしゃべりなさい」
「はい!」
いつもの返事だけはいい返事を聞きながら、イザヤールは話を続けようとした。
それにこれはお前が私に教えてくれたんだ。
口にしかけて、ふと、ノーラがいつ、どこで、何を教えてくれたかど忘れしてしまった。
自分は記憶力がいい方だと思っていたが、うぬぼれに過ぎなかったか。
「お師さんお師さん!」
「師は1回でいい」
反射的に答えながら、何を忘れたかその内思い出すだろうと思索に見切りをつける。
「お師様、でも、合体が自由にON、OFF出来たら素敵だとは思いませんか?」
ノーラはうっとりとイザヤールには理解できない事を言っている。
「出来ないことをいつまでも言っているな。
そろそろ時間だ。雑談はここまで」
「はい。お師様!」
自分の弟子の事を悪くは思いたくないが。やっぱり。
(残念な感じ……。言い得て妙だな)
それでも我が弟子。
一番最初の、わたしの弟子だ。
あとがき
前半ノーラ視点。後半イザヤール視点。
イザヤールさんがかっこよく書けないよ…。
11/10/02 (日)
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