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いつもの迷子
師、エルギオスが行方不明になってから数百年が経った。
イザヤールは長老オムイの前に立っていた。
いつもの様に下界の様子を報告し、そしていつもの様に態度には出さずいらだっていた。
―――なぜ、エルギオス様の捜索を打ち切ったのですか?
その思いをに乗せるより早く、イザヤールの内なる声が答えていた。
どこを何年探してもエルギオスの手がかりさえ見つからなかったではないか? 調査の過程で天使がまたも行方不明になってしまった。これ以上の犠牲者を出す訳にはいかない。
―――では、エルギオス様を諦めろ、と?
やはり、答えを返すのは自分だった。
1番事を残念に思っているのはオムイのはずだ。オムイは最も長く生きた天使だ。その生涯を通じて、天使たちを教え導く役割を持つ。エルギオスも例外ではない。
エルギオスもまた多くの天使に愛された天使だった。その彼が記憶から時の流れに伴い、消えて行こうとしている。それが残念でないはすがないのだ。
―――ならば、私にあの方を捜しに行かせて下さい!
イザヤールは上級天使だ。軽はずみな行動は許されない。
―――でも、エルギオス様は捜さねば帰って来る事もない―――
いつもの堂々巡りを繰り返して、そしていつもの様に、イザヤールはエルギオスについては何も触れず、礼をして立ち去った。
●
オムイとの会見を終え、イザヤールは世界樹の前に立っていた。ここに来るとより自分が守護天使であると感じられる。
彼の唇が開かれ、しかし、その声は大気を震えさせることなく、口は閉じられる。
長居し過ぎた。吐息を吐いて階段を降りはじめる。
またいつものように神は彼の問いかけに答えなかった。まるで人間にとっての、守護天使ようだと思う。
声は聞こえず、姿も見たものはいない。だが天使は神を信じている。
エルギオスもまた、確かにいるのに姿も声すら消えてしまった。
最初からいなかったかのように。
ふと、己が階段の中途半端な位置で佇んでいることに気付いた。
反射的に身を起こすとぐらりと体が傾いた。安定を崩しかけ、たたらを踏む。
声が振ってきたのはその時だった。
「迷ってるのですか?」
イザヤールはぎょっとして、声の方に振り向いた。
迷ってなどいない。もう、エルギオス様を捜そうとする者は私一人になってしまった。
その私が迷ったなどと!
混乱する。冷水を浴びせられたように。
何を考えていた。神を知る者はいない。確かにいない。でもエルギオスの姿や声を知る天使はあれほどいたではないか? 自分はまだ覚えている。交わした議論の内容も。みんなすべて。
気付かぬ内に、エルギオスとの距離を、自分で広げてしまっていた。エルギオスとの距離は手を伸ばしても届かないほどの距離だと。
自分が諦めかけていた事にようやく気付いた。
イザヤールが思考の海に囚われている間にも、声の主はマイペースに続けてきた。
「下へ行くのです」
下。下界。人間界……。
イザヤールは何か反論しようとした。自分が何を言いたいのか分からぬまま、言葉は失われた。
声は出なかった。発言者の髪が銀髪だったからだ。エルギオスを追って下界に行った天使と同じ髪の色。
「下に行けば、みんないます。信じて、みんなの力をかりれば……必ず目的の場所まで辿り着けます。
……そう、オムイ様がおっしゃってました」
幼い声の主は踊り場目立たない所にいた。子供の天使だ。
気配を感じなかったのは、ずっとそこにいたからだろう。今もイザヤールを見おろし、じっと立っている。
幼い天使の、柔和な顔を見た途端。硬直は解け、そしてイザヤールはすぐに事態を理解した。
「迷子か?」
「はい」
問いかけに子供はにこやかにうなずいた。イザヤールは当然の疑問を口にした。
「それで、下に行けばいいと分かっているのに、何故お前は迷子になってるんだ?」
苦笑交じりの声にも子供はのんびりと応える。
「あたりを見回してました」
世界樹の周りは天使界のこれ以上とない絶景だろう。雲の上にある天使界の空はどこまでも澄んでいて、どこまでも青い。風に、世界樹の清浄な緑のかおりが守護するように舞っている。
葉ずれの音だけが優しく響く。
「迷うのは、面白いのです」
「おもしろい?」
「毎回毎回、違ったところに行けるのです」
この幼い天使と会話がかみ合っていない気がしたが、イザヤールは言わねばならない事を思い出した。
「この景色に見とれるのは分かるが、ここは、世界樹は聖なる地だ。用もないのに長居するのはいい事ではない。
それと……私は迷子ではない」
「まあ。そうだったのですか。すみません」
イザヤールが踊り場へと登ると、幼い天使もちょこちょこと寄ってきた。
見れば見るほど、子供は彼の知っている銀髪の天使と似ていなかった。共通点は性別と髪の色しかない。
やんわりとした雰囲気。深い睫毛に隠された両目は、眠っているのか起きているのか分からない。 微笑みを浮かべ立っているのだから、今は起きているのだろう。多分。
その睫毛をしばたたかせながらこちらを見上げ、聞いてくる。
「ここで何をしてたのですか?」
「私か? 私は……祈っていた」
「祈ると何か起こるのですか?」
本当に不思議そうに問われ、イザヤールは答えを奪われた気になった。
あきれを通り越し、幼い天使にいとしささえ感じる。この小さな天使は基礎となる教育をまだ、受けていないのだろう。
自然、口調も優しくなる。
「祈りとは……」
気分ではなく本当に答えを奪われた。言おうとしていた答えと全く違ったことをイザヤールはしゃべっていた。
「己の決意を新たに誓う事だ。大切な誰かを、救い出す為に」
幼い天使はきょとんとしていたが、やがて自分の言葉に当てはめた。
「おせっかいのことですか?」
「大分違うが……この世の優しい出来事は大抵おせっかいでできている。違うか?」
小さな天使は随分と悩んでから、「分かりません」と笑顔で答えた。
●
下へ。
あの人は下界にいる。
しかし仲間の助けがなければ、さがしに行けない。
仲間が必要だった。自分の役割を代わりに果たしてくれる仲間が……。
あとがき
出会い編。イザヤールも少しは荒れた時期というのがあったんじゃあないでしょうか?
互いに名乗せるのかどうしようか悩んで、結局主人公名前言ってません。
11/08/30 (火)
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